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レクで絶対に歌わない利用者、その理由とは…

2021.11.9(火)
フリーライター 西岡一紀

「何とか参加させよう」ホームで毎日会議も…

ある有料老人ホームでは、女性入居者(以下:Aさん)がレクリエーションに参加してくれないことに頭を悩ませていました。もっとも、Aさんは体操や書道、小物作りなどのレクリエーションには積極的に参加していたのでレクの場が嫌いというわけではないようです。ただし「歌う」レクだけは頑なに参加しようとしませんでした。

「楽しいですよ。一緒に歌いましょう」
「いいえ、行きません」
「仲良しのBさんもAさんのことを待っていますよ」
「私はいいです」
ライブ会場に置かれたマイクスタンド
こうしたやり取りが入居以来続きました。ホームのスタッフは「どうすればAさんが歌のレクに参加するだろう」と連日ミーティングを重ねました。レクの内容を工夫したり、参加を呼びかける声掛けの方法を変えてみたりと、様々な手段を試してみましたが、Aさんは一向に参加しようとはしませんでした。
ほとほと困り果て、アイデアも尽きたとき、あるスタッフが言いました。「ご家族に聞いてみたら、Aさんが参加しない理由がわかるかもしれない」ホームからの電話に息子さんは開口一番こう応えました。「母はかつてプロのシャンソン歌手でしたから。失礼ながら、他の方々と一緒に童謡などを歌うのはプライドが許さないのでしょう」
それを聞いたホームでは、さっそくAさんのソロコンサートを企画しました。煌びやかな衣装に身を包んだAさんは、とても晴れやかな笑顔で自慢の歌声を披露しました。それ以降、このホームでは音楽レクの最後にAさんが歌声を披露する場を設け、それを楽しみにAさんも参加するようになったそうです。

1人ひとりに寄り添ったケアとは

「ご利用者様一人ひとりに寄り添ったケア」とどこの介護事業者もホームページやパンフレットではうたっています。本当に「一人ひとりに寄り添う」とは、その人が歩んできた人生を理解し、その人の嗜好や考え方を把握し、適切なタイミングで適切なサービスを提供することです。しかし、実際には多くの介護事業所では多忙で、そこまで踏み込んだ対応は出来ていないのが現実です。このホームでも、前もって「Aさんは、以前はプロの歌手だった」ことを聞き出せていればよかったのですが、そこまでの余裕がなかったのでしょう、結局「自分たちで企画した音楽レクにいかに参加してもらうか」というホーム側の都合を押し付けてしまう形になり、スタッフもAさんを参加させるために無駄な労力を割いてしまいました。
最近では、エンディングノートなど自分の一生を振り返り記載するツールが沢山あります。「エンディングノート」という言葉には拒否感を示す方もいるかと思いますので、「思い出手帳」などのように名前を工夫したものを用いて、その人の人生を振り返りそれを施設のスタッフみんなと共有できるような機会をレクなどで設けてみましょう。それを元に「ご利用者様一人にひとりに寄り添ったケア」の実現が可能になるのではないでしょうか。
西岡一紀(Nishioka Kazunori)
フリーライター
1998年に不動産業界紙で記者活動を開始。
2006年、介護業界向け経営情報紙の創刊に携わり、発行人・編集長となる。
2019年9月退社しフリーに。現在は、大阪を拠点に介護業界を中心に活動中。
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