ブログBLOG

増える高齢者住宅での看取りと、その課題

2021.8.12(木)
フリーライター 西岡一紀

自家発電などハード面での対応も必要

介護保険制度が誕生して20年以上になりますが、この間に日本の高齢者住宅で最も大きく変化したのは「看取り」に対する意識です。20年前は、どこの高齢者住宅も「入居者の死は隠すべき」という考えでした。しかし今は「最期までその人に寄り添った証し」として、その高齢者住宅の介護の考え方や実際の体制の充実ぶりを示すバロメータとなっています。また、これまで病院を中心に開設・運営されてきたホスピスを専業で多店舗展開する民間企業も登場するなど、「高齢者住宅で最期を迎える」ことは一般的になってきています。

ベッド越しで握り合う二人の高齢者の手
しかし、きちんとした看取りのためにはハード面での対応も必要です。例えば、前述したホスピスを展開する民間企業では、人工呼吸器などの医療機器を常時接続する必要がある入居者のために、停電発生時に備えて各居室に自家発電装置の電力を届けるコンセントを電力会社からのコンセントとは別に設け、医療機器は常時こちらに接続しています。自家発電装置の燃料は、過去の震災時にガソリン供給が不安定になったことを踏まえてプロパンガスを使用しています。

障壁は「さほど身近ではない親戚」

意見が合わずお互い背を向けてしまっている男女
さて、こうした看取りや終末期の生活には本人の意思が最優先され、それに家族、介護・医療関係者が一致団結して協力することが必須です。その意思確認のための話し合い、「人生会議」を厚生労働省も広めようとしています。しかし、そのためにお笑い芸人を起用したポスターが「死を連想させる」との批判を受けてお蔵入りしたことからも、当時者以外の一般市民レベルでは、まだまだ意識は低いと言わざると得ません。
例えば、高齢者住宅でも「ホームの居室で最期を迎える」ということを本人・配偶者・兄弟姉妹・子どもたちや医療・介護関係者では合意していても、それ以外の人からの横槍が入ることがあります。関係者によると「特に面倒なのは甥」とのことです。

甥は、ほかに身内がいる場合には元々の意思決定の場にはいないケースが大半ですから、いわば部外者です。しかし「親戚である」という想いがある上に、年齢的な面からも社会的にある程度の立場の人であることが多く「私の意見を聞かずに物事が進むのは面白くない」という潜在意識があります。ホーム関係者が「医療的な面ではもう行うことが無い」と伝えても「それは医師の腕が悪い。自分の知り合いの大病院の医師なら治療できる」などと入院を要求したりすることが少なく無いそうです。
看取りをスムーズに行うには「意思決定に関わるのは誰か」を明確にし、その関係者の意思がぶれない様にしっかりとコントロールしていくことが求められます。
西岡一紀(Nishioka Kazunori)
フリーライター
1998年に不動産業界紙で記者活動を開始。
2006年、介護業界向け経営情報紙の創刊に携わり、発行人・編集長となる。
2019年9月退社しフリーに。現在は、大阪を拠点に介護業界を中心に活動中。
ブログ一覧に戻る